_TYM2287.jpg


二十歳のころ。私は10か月間だけ、浜松で暮らしたことがある。

今から書こうとすることの前菜に、
どういう経緯で静岡に行き、どう過ごし、
どんな風に当時住んでいた大阪に帰ってきたかを要約しようとしたが、
30年前の記憶と最近起きた出来事とがショートして発火、
膨大な感情がわきあがってどこから手を付けていいのかわからない。

     ◇

当時の諸事情を文章化するには、
結構な行を割かないといけなさそうなので止すが、
無理やり数行に凝縮するとすればこうか。

「50人くらいの見知らぬおっさん達と共に、
『10か月間降ろしてはいけない』
という漬物石を背負わされ、
浜松に連れて行かれたかと思いきや、
延々と漬物石を降ろしたり背負ったりした」

ま。何のことかわからないだろうが、
色々と辛い経験をした。

     ◇

そんな漬物石の日々もやがては終わるもの。
その最終日。
つまり。漬物石を放り投げて大阪に帰る日のことは、
いまもよく覚えている。

おっさん達とやたらと歓喜し、夜勤明けから呑みはじめ、
夕方の新幹線に乗って降りるまでずっと呑んだな。

漬物石からの解放感はすごいものだ。

     ◇

あの日。一番印象に残っているのは、
なんといっても新幹線に乗り込むときのシーン。、

向こうで出会った若い人が律儀にホームまで見送りに来てくれたのだが、
私が最年少だったので、先輩方のビールの調達を命じられており、
両手に沢山のビールが入った袋をさげていた。

発車のベルやら笛やらが、
浜松での10か月の鈍重な思いに句読点をつけるがごとく木霊する。

     ◇

「お世話になりました」 「じゃあ」 「お疲れ様」
とかなんとか言い合ったと思う。
そして。
私の横にいた先輩がこう言ったのだけは明確に記憶する。

「見送り、ご苦労!」

そして。その方の次の行動はさらに鮮明に記憶。
なんと、
私が命じられて買っていたビールの袋をスッと取り、

「これ。持って帰って呑め」

と言って、手渡したのである。私は、

「あ! それは! ちょっと!」

となるが、先輩は、

「かまへん、かまへん! 持って帰れ!」

と、夜通し呑んでいるのも手伝って豪傑である。
いや。
自分が買わせたビールなら豪傑かもしれないが、
先輩はこのビールの買い出しには、
全く関わっていないのであった。

ま。先輩は、
そんなことも一笑で吹き飛ばしてしまうキャラであり、
なんとも愉快な想い出となっている。

     ◇

あれから30年近くの時が流れた。

あの後。私はじきに別の道へと進み、
彼らとは全くの疎遠となったたが、
昨年から、
その 「ビールを勝手にあげちゃった先輩」
と再会できるチャンスが降ってわいた。

のだが。
私のくだらない事情で二度もその機会を逃し、
「さあ、次こそ」 となった時に、
その方が事故にあわれて、もう会えなくなってしまった。

     ◇

ネットで少し調べたら、事故現場がじきににわかり、
その場所に行ってみた。

便利な時代である。

だが。
あの不足分のビールの手配をどうしたか?
は、ネットで調べても出てこない。

その代わりに脳裏をよぎるのは、
あの日、ホームで鳴り響いていたベルの残音。

そして、ビールの泡である。















Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。