てんに教わったことを使うとき。

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数日来。
てんのことをやたら考えているので、
カレンダーを数えてみたら、
あの日から7週ほどが経っていて、
「そういうことか」 となった。
こういった勘所はてんに教わったものである。

そもそも。
見えないものを見たいと欲したタイミングで、
そうした眼を持つ、てんがやって来た。
というか、遣わされたのだと信じている。
私なんぞが書くと滑稽に思われるだろうが、
稀有なことが身の回りで起きていた。

     ◇

説明しやすいところでは、
例えばてんは空を見上げずとも、
月の満ち欠けを感じ取っていたが、
そんなこんなはちょうど私が望んでいたところで、
その後、
16年をかけてじんわりと染み入ったように思う。
ま。簡単ではなかったが。

扉を開いてくれたのはてんではないが、
日々の暮らしの中で、てんの素なセンサーに触れ、
また、慣例やしきたりといったことから、
一歩身を遠ざけることで、
鈍い私にも以前よりは随分と見えるものが増えた。

ありがたい。

     ◇

とはいうものの。
いま感じなければならないのは、
その方面のコーチであった、てん自身の命にまつわることであり、
直視する、直視できるのは中々に辛いものである。

いっそ、ヘッドホンでロックをかき鳴らすがことぐ、
慣例行事的な法事の真似事でもして、
そこに身をゆだねていられる方が良かったかも知れない。

いや。どうか。

いや、違う。

     ◇

ともあれ、今日は大切な友の四十九日である。

特別なこととしたい。

     ◇

昨日は、てんの写真を大伸ばしにできるという、
ちょっとしたチャンスのことを急に思い出し、
再考していたら、昨日が締め切りであることが判明。

あわてて一枚の写真を選ばなければならなくなった。

娘も手伝ってくれたが、涙との闘いで大変である。

     ◇

結果。
選ぶには選んだものの、
見るのも辛いのに、
多くの画像から一枚だけ選ぶのは到底無理であり、

そういう意味では、
突如降って湧いた 「締め切り」 というくくりはありがたかった。

     ◇ 

そして。
今朝方、写真には題名というかタイトルがいるね。
と、一人で勝手に断じ、考えたがこれまた困難を極めた。

     ◇

てんが逝った時刻は午前三時くらいだったと思うが、
今朝のそのあたりからウトウトしながら考えて、
延々と没タイトルの山を築いたが、
明け方、
最期に次にあげるこの名が浮かんでそれ以上考えるのをやめた。


「てん、ありがとう」


なぜ、それ以上考えなかったのかは想像にお任せする。

あ。
このブログエントリーに使った画像は、
大伸ばしに申し込んだものではない。

じき、ある場所にその写真が、貼られるはずである。

一つの心の置き所になりますように。

     ◇


今日で7週。
てんのため、なにより私のために供養は続く。


A1展。 Gallery&darkroom☆LimeLight☆


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